連載エッセイ「日々の徒然」

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◎第1回(2000/9/23)

未確認飛行物体

高木 亮
私が以前所属していた市民オーケストラでの出来事です。

そのオーケストラはメンバーの年齢、職業、性別、身長、体重が多岐にわたり、演奏はともかく、宴会がとても面白いオーケストラでした。特に長老の方々はまだまだ元気で、初めてボーリングをやったのが満州だとか、戦後物資の乏しいなか、竹で出来たクラリネットを吹いていたとか、そんな話をしてくださるのです。

そんなメンバーの最長老のおじいさんは 2nd ヴァイオリンにいました。もう歩くのも大変そうなくらいの御高齢なのですが、毎週の練習を楽しみに来られていたようです。

さて、事件はある日の練習中に起こりました。

確かベートーベンのシンフォニーをやっていたと思うのですが、フォルテッシモの所で何かがホルンの前を飛んでいきました。結構な大きさです。その物体は床を滑って私の足元で止まりました。吹きながら下を向いて見てみたのですが、ピンク色で半月状の形をしています。パッセージが終ると拾ってみました。

何とそれは、入れ歯だったのです。周りを見ると、演奏は止まっていて、件のおじいさんがこちらを見て手招きしています。おじいさんは入れ歯の埃をちょっと払うと、

カポッ

と口にはめ込みました。オーケストラは爆笑に包まれ、その後5分間演奏不能になりました。おじいさんは実に恥ずかしそうでした。

でも、どうしてあんなに飛んでしまったのでしょう。この謎は解明されないまま、おじいさんは鬼籍に入ってしまい、現在に至っているのです。

おしまい。


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