メンバーのプロフィール

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1. ホームページ第2版(2001/9/12)
2. メンバーへのアンケート「音楽的生い立ち教えて」(2001/5/12)
3. 第9回演奏会パンフレットより(2000/8/5)
4. ホームページ第1版(1996〜)
5. 第2回演奏会パンフレットより(1992/9/12)

【おまけ編】
1. 第7回演奏会パンフレット号外 [PDFファイル、969KB] (1998/4/27)
2. 第3回演奏会パンフレットより [PDFファイル、37KB] (1993/12/25)



◎質問項目

  1. 出身地
  2. 音楽に興味を持った年齢
  3. 本格的に楽器を始めた年齢及びその楽器
  4. トランペット吹きになった年齢(小学校○年とかでも可)
  5. 師事したプロ(ミニレッスンとかでもいいから全部書いて)
  6. 中学、高校等で吹奏楽コンクール、アンサンブルコンテスト等で活躍したことがあれば
    (あんまりたくさんある人は代表的なものを選んで)
  7. 吹奏楽団、大学オケ、市民オケで演奏して一番自信のある曲、好評だった曲
  8. ソロで得意な曲があれば
  9. ラッパ以外の趣味で自慢できるものがあれば

※以下の回答はすべて原文ママです。



◎ 1. 出身地
海老原 なんちゃって青森出身(生まれて2週間だけ八戸在住)
桜井 神奈川県大和市
十川 東京神田にて誕生
生後まもなく〜小学校3年生までは福島県いわき市、その後は千葉(市川)や東京(練馬)あたりで育つ。
高木 千葉県
高橋 富山県。
田玉 千葉県
野口 長野県出身(1967年生まれ)
峯岸 埼玉県西部(ロシア説を唱える研究者もある)
和気 栃木県出身、1970年生まれ。

◎ 2. 音楽に興味を持った年齢
海老原 小学生の頃からピアノならってたわりには、さほど興味は・・。
桜井 2〜3歳の頃より、隣に住んでいたお姉さんがオルガンを弾くのを、ずっとそばについて、離れなかったらしい。それを見た両親が、オルガンを買うべく、ヤマハ積み立てを開始。3歳の頃より、音楽教室を探し出したらしいが、幼すぎて、受け付けてもらえなかった。
十川 いつなんでしょうか、覚えていません
高木 記憶にあるのは、小学生の頃、うちにあったムードミュージックのレコード。お気に入りは「夜空のトランペット」と「思い出のサンフランシスコ」。「夜空の〜」はレコードが白くなるほど聴き、「〜サンフランシスコ」は英語で歌えるほど聞いた。昭和50年代の小学生がトニーベネットの曲を空で歌えるとは恐ろしいものがある。その後、月並みに野球に傾倒。当時現役の野村克也にあこがれる。
高橋 両親によれば、乳幼児の頃から、音楽に異常に反応していたらしい。(突然踊りだしたりとか。そのため、最初は踊りのほうに素養があるのかと勘違いして、バレエを習わされていた。)
田玉 3歳=ピンクレディーの踊り方の本が愛読書でした。LPは宝物でした。
野口 小学校高学年のとき長野で国体があり、学校の鼓笛隊に新しい金管楽器が何本も入荷した。このメンバーになることを希望するも落選、その他大勢の笛になる。いつかはラッパを吹きたいと思うようになる。
峯岸 幼少よりだろうなー。親父の音楽好きが原因と思われる。名前の歓雄の歓はあの第9の歓喜の歌から取ったそうだ。ちなみに父の名は英雄(エロイカ)祖父は意識していないが。小学校の頃からクラスで会があったりすると教壇で沢田研司になったり、アニメソングを歌ったりしていた私です。
和気 生まれてすぐにトランペットのマウスピースを口にする(ウソ含み)。ちなみに父親はエレキギター&エレキベース、ドラムス、母親はエレクトーンやスチールギターを演奏する(ようは下手の横好き)音楽一家。

◎ 3. 本格的に楽器を始めた年齢及びその楽器
海老原 本格的に・・・、ってなると、高校になってからのラッパですねえ。
桜井 4歳で念願のヤマハ音楽教室に通い始める。オルガンが弾きたかったのに、歌とか鈴とか踊りばかりなのに嫌気が差し、ちょうど隣で同じ時間帯に個人レッスンをしていたピアノを習い始める。ちなみに、このため上記のオルガンの積み立ては不要になるのだが、ヤマハ製品を買う必要があったため、実家には結構立派なステレオセットがあった。
十川 音楽好きの父母の意向で幼少よりピアノをはじめるも本人練習嫌いでバイエルからなかなか抜け出せず。小学校6年生で学校の鼓笛隊に入り小太鼓で活躍(松戸市常盤平の「さくらまつり」でマーチングしました)。甲子園での応援にあこがれて中学入学と同時に吹奏楽部に入部。吹奏楽部では、高校3年まで主にコルネットを吹く(主に2nd,3rd)(野球がそのころ大好きだったのですが、結局高校では地方の球場で炎天下1回か2回演奏しただけでした)。大学ではじめてオーケストラでの演奏を行なう。
高木 継続して楽器に触わるようになったのは中学校のブラスバンド。
高橋 5歳ごろ近所のヤマハ音楽教室(リトミックとかをやる)に通うも、そこそこに神童だったため (日本人の3人に1人は神童だったという説があるらしいが)、すぐに作曲と楽理のコースに入り、宝塚の教授 (名前忘れた)に師事。同時に副科としてピアノをはじめる。しかし、まわりだけ盛り上がっていて本人にやる気がなかったのと、北陸3県から選りすぐられた本物の神童たちに囲まれて自信喪失したため、ずっと落ちこぼれだった。
田玉 10歳でユーフォニウム。
野口 中学1年生で吹奏楽に入部。トロンボーンを始めた。学校の備品、ヤマハカレッジモデル。
峯岸 小学校5年の鼓笛隊でシンバル担当でびゅう。ベレー帽斜めにかぶってカッコつけていた気がする。このへんは変わらんねー。後は中学で吹奏楽部に入りラッパ吹きになるまでなし。その後高校でバンドブームに乗り、ベースをかじった。でも気づいたらボーカルやってたんだよなー。
和気 9歳の時、父親にトランペットを与えられる。ちなみにその楽器は、父親が結婚直後母親に黙ってボーナス3万円(当時)をはたいて買って、母親にはげしく叱られたもの。

◎ 4. トランペット吹きになった年齢(小学校○年とかでも可)
海老原 なんちゃって小学生デビュー(半年ほど)。その後、卓球部に入って高校受験失敗して、高校はガリ勉すると決心したけど、気がついたら吹奏楽部に入ってました。実質的に、高校からのデビューでやんす。
桜井 トランペットに最初に触れたのは小学校5年の鼓笛隊。B管を吹いているのに、実音の楽譜をそのまま吹いてもまったく気にならないほどすごいところであった。
その後、中学で吹奏楽部に入部。一瞬コルネットをはじめるが、サックスの不足により、サックスに転向(バリトンサックスで吹奏楽コンクールに出た)。その後サックスに新入部員が入って、トロンボーンが一人やめたため、コルネットの一人がトロンボーンに転向。トコロテン式に、2年生から、再びコルネットに転向。
ちなみに編曲は、中学1年のサックスパート時代、パート紹介用の「チャコの海岸物語」がデビュー作。
それから、他の楽器としては、9歳のころより、地元の「囃子保存会」に所属して、秋祭りや、盆踊りの時などにおもに櫓太鼓を担当。中学2年より父親のギターをいじって弾き始め、峯岸と同じようにバンドブームの中で、ギターやベースをやっている時代もありましたねえ。高校にあがるときに、どうしてもクラリネットがやりたくて、友達より借りた楽器を使って独学。
十川 中学1年よりコルネット吹きになる
大学1年よりトランペット吹きになる
高木 小学校2年生の時に父が友人からトランペットをもらってきた。その楽器を学校のお楽しみ会で吹いたのが最初の本番(3年生くらいか?)。ぱんぱかぱーん、ぱぱぱ、ぱんぱかぱーん、というあれである。目立つ事が好きだったのだ。ちなみにその友人氏は飽きっぽいらしく、数年後には我が家にはフルートが届いた。
高橋 中学1年。同時に、作曲とピアノのレッスンはやめてしまった。
田玉 高校1年(16歳)
オケしかない県立高校で、当時オケにはユーフォのないのを知らずに入学、オケに入部し、「希望楽器は?」と聞かれ「ユーフォです!」と答えたら「君ねぇ、ないんだよね、それ」といわれ、仕方なく(失礼!)空いているTrp.パートにきたのです。そこからいばらの道が始まりました(笑)
野口 25才。 当時の赴任地青森県八戸市の寮に、ある日黒い色をした安っぽい謎のケースが送られてきた。開けてみたらバストランペットだった。送り主はピストンクラブの海老原達彦であった。後日電話があり、ピストンクラブへの入団許可とともに7万円の請求がなされた。
峯岸 上記の通り 12歳。友人(現在ヤマハ勤務 入山さんと同期入社)の誘いで始めた。そいつはもうラッパ吹いてない。
和気 (無回答)

◎ 5. 師事したプロ(ミニレッスンとかでもいいから全部書いて)
海老原 音楽の先生は、高校の先生ですね。
ラッパの個人レッスンは、新日の大倉センセに大学の時。グループレッスンとかでは、志賀高原関係の、色々な先生方にお世話になりました。
桜井 4歳よりピアノを20年にわたり佐藤まり子先生に師事
7歳のころより、調音・ソルフェージュを同じく佐藤まり子先生の手ほどきを受ける。
8歳の時に将来音楽の仕事をするのであれば、ピアノ・調音・ソルフェージュ・声楽それぞれ別の先生を紹介すると言われたが、「音楽は趣味で続ける」宣言をして断る。
13歳 高階正光氏の指揮レッスン教室参加
15歳 大友直人氏の指揮クリニック参加
17歳 鎌田由紀夫氏の指揮レッスン受講
18歳より トランペットを大倉氏に師事
それから、夏・冬の金管合宿シリーズでしょうか。編曲クラスは建部先生と小長谷先生でしたね。
十川 トランペット:
金管合宿などにて北村源三氏、熊谷仁氏、森重修実氏、大倉滋夫氏など。
その他熊谷先生の紹介で大隅雅人氏(現東京交響楽団)
現在、不良生徒ながら曽我部清典氏に師事。
お酒の飲み方:
今井順夫氏(肩書きは?日本トロンボーン協会うんぬん)
大学のオーケストラの金管トレーナの今井先生には、本当は和音のこととか音楽のことをいろいろ教えていただいた(はず)なのですが、そういったことよりも、お酒ののみ方のほうが身につきました。
高木 大学時代、金管合宿のレッスン。福田さんの所にも何回かレッスンに行くも、「うーーん、ここはね、こうやって吹くんだよ、ぱらぱらぱら..」という難解な(私には)レッスンに挫折。卒業後、曽我部さんにレッスンしてもらう。理系チックで理解し易い。が、結婚したりして行かなくなってしまった。どうにかしなきゃ。
高橋 中学のころ、年に1回、津堅先生による県内中学合同のグループレッスンがあった。そのうち1回は、家に楽器を忘れて、ただ座って見ていただけだった。あとは金柑合宿のあれ。ようするになきに等しい。
田玉 曽我部清典氏の不肖の弟子でした。
野口 25才。
高校の吹奏楽の指導をN響クラリネットの内山洋(だっけ?)氏に受ける。同時期、N響ホルンの松崎氏と『クラーケン』等を共演する。東大オケ入団後、トロンボーンを今井順夫氏に師事する。金管合宿等で、トロンボーンを亀田氏、松本氏、小田桐氏等のレッスンを受け(たような気がす)る。また、編曲を小長谷宗一氏に見てもらう。
バストランペットについては、独学で今日に至るも、フィリップ・ジョーンズ氏の激賞、もとい激笑を受ける。
峯岸 18歳より4年間森重修実氏に師事。たまには会いに行かねば。あとは金管合宿系のレッスンだけ。そもそもあまり人にものを教わるということ自体あまりない。習字、算盤、ピアノ、学習塾。行かなかったねー。だから森重さんのところでレッスン代の袋(たしか奥さんのピアノ用と兼用だった)を作ってもらったとき何となくうれしかった記憶がある。あ!!塾は行ったわ。教えに・・・。
和気 室内楽を小池春男氏(中学の音楽のせんせい)に、トランペットを津堅直弘(ひろの字これでよかったっけ)、志賀高原のサマーキャンプで北村源三、熊谷仁の各氏に師事。津堅先生は高校2年から3年まで。その後10年間音信不通。
一応音大を目指すも、ピアノのレッスンがイヤで途中で投げ出す。あ、あと大学時代に福田さん(都響)にグループレッスン受けたっけ

◎ 6. 中学、高校等で吹奏楽コンクール、アンサンブルコンテスト等で活躍したことがあれば何年のどこ大会で何賞か
海老原 中学の時は、あとちょっとでレギュラーの座を逃しました。でも、私より下手なレギュラーが多く、いまだにあの選考には不満。CASに提訴しとけば良かった。まあ、中学の卓球部は水戸市の大会止まりでした。
高校  吹奏楽コンクール 銀
    吹奏楽コンクール 関東地区予選金
桜井 高校2年〜大学2年まで4年連続 吹奏楽コンクール関東大会 銅賞
(高校生のときは高校部門、大学生のときは一般部門)
十川 中学高校と吹奏楽コンクールには毎年のように出場。(賞は覚えていません。銅とか銀とか)
その他、中学時代にリコーダーアンサンブルと金管6重奏でアンサンブルコンテストに出場
高木 高校2年生、アンサンブルコンテスト千葉県大会金賞
高校3年生、吹奏楽コンクール千葉県大会金賞
さえないなー。
高橋 中学は県大会を突破したことがない。高校のときはコンクールに出たことがない(オケだったので)。
田玉 ●中学2年 吹奏楽コンクール千葉県大会 金賞
●25歳 アンサンブルコンテスト千葉県大会 金賞
(アマデウスソサイエティウインドアンサンブル<金五、2nd Trp.>)
くらいですかね、人に言えるものは、、、
野口 高校1年 アンサンブルコンテスト東海大会銀賞
高校2年 吹奏楽コンクール東海大会銀賞
高校2年 アンサンブルコンテスト東海大会銀賞
高校3年 吹奏楽コンクール東海大会銀賞      (だったっけか?)
峯岸 高校3年 埼玉県吹奏楽コンクール地区大会金賞
高校3年 埼玉県アンサンブルコンテスト地区大会金賞
関東大会出たことないねー。
いつも県大会どまりだったなぁ。(遠い目をする峯岸)
和気 中学3年、吹奏楽コンクール関東大会銅?賞
高校1年、アンサンブルコンテスト関東大会銅賞
高校2年、アンサンブルコンテスト関東大会銀賞

◎ 7. 吹奏楽団、大学オケ、市民オケで演奏して一番自信のある曲、好評だった曲
海老原 良いと思った演奏、大学卒業してからいくつか有りますねえ。

大失敗、大学時代に沢山ありますねえ。この夏に松江に行って来ました。そこは、大学の演奏旅行で大祝を吹いたときの最終会場。演奏旅行で、全ての演奏会で失敗して、三石先生に叱られたのが松江。当時の光景を全く思い出せなかったのですが、松江のプラバホールに行ってみて、当時の光景がありありとよみがえってきました。きゃ〜〜〜。

まったく、大学の時は、なんで事を面倒に考えていたんだか。
桜井 思い返してみるといろんな曲をやっているけど、なかなか「これ」というものはないものですねぇ。
[中学時代]
・A列車で行こう(ストレーホーン):北相地区中学合同演奏(鈴木健二指揮) 中学3年・1stTp
北相とは相模の北を意味します。当時としてはあこがれの選抜合同演奏の参加でした。ソロがうまくいって大感激!
[高校時代]
・シューマンの主題による変奏曲(ジェイガー):吹奏楽コンクール県大会 高校1年・2ndTp
わたしの吹奏楽経験でこの演奏が全体としての出来が一番良かったと思います。個人的には5人のトランペット中の末席でした。(真中の実音Cまでしか出なかったからねぇ)
・アンティフォナーレ(ネリベル):ユースウィンドオーケストラ定期演奏会(伊藤正太郎指揮) 高校3年・1stTp
この演奏はあとにも先にも、後日演奏テープを聞いて自分の演奏と気づかずに「このトランペット上手いな」と思った唯一の曲です。指揮者の伊藤先生(本職はクラリネット)には、レッスンを受けたといって良いほど楽器の吹き方や楽譜の読み方を鍛えられました。
・古祀(保科洋):厚木高校戸陵祭(文化祭)(桜井新指揮)  高校3年・指揮
高校時代に学生指揮者をしていました。これは私の指揮者としての最後の曲です。演奏の出来も非常によく(評判も良かった)、気持ちよく指揮を引退できた思い出の曲です。
[大学時代]
・AWA Dance(桜井新):東京大学管弦楽団サマーコンサート(三石精一指揮) 大学3年・1stTp
自分で作・編曲したもの数多いけれども、実際に演奏されたオーケストラの曲はこれだけです。パート譜作成を手伝ってくれた野口氏をはじめとする3名の方にあらためて感謝。演奏のテープを聞くと良くわかるのだけれど、一番トランペット奏者は、曲の構造を一番理解しているだけあって、なかなかいい味を出した演奏をしています。
・ラ・ヴァルス(ラヴェル):東京大学管弦楽団定期演奏会(早川正昭指揮) 大学3年・1stTp
大学に入学してオーケストラに入ったときに、当時のコンミスに「このオケで何が吹きたいか」と問われて、一番に答えたのがこの曲(相当珍しがられた)。念願かなって演奏できたのだが、結局、学生オーケストラ5年間で、あのわずか3秒弱のソロが、一番出来が良かったのだと思います。この曲以外は、あまりいい思い出無いですね。。
[社会人時代]
・惑星(ホルスト):水星交響楽団定期演奏会(斉藤栄一指揮) 1993年?・1stTp
私の水星交響楽団におけるデビュー曲もともと1アシを吹く予定だったのが、突然1番が降りてしまって一人で吹くことになった。時折出てくるオケを圧倒するソロは我ながら圧巻。そして、それにつられてテンションがあがっていくオーケストラもなかなかの見もの。
・カルメン組曲(ビゼー):グローバルフィルハーモニックオーケストラ定期演奏会(森口真司指揮) 1999年・1stTp
曲の随所にソロが出てくるだけ合って、久々に気合を入れてオーケストラに望んだ演奏。細かいミスはあったものの、上々の出来で、オーケストラ生活の中では一番のお気に入り。
いろいろ記憶をたどってみると、こんなところです。けっこう覚えているものだ。

ところで、私は何処へ行っても色物系の担当になることが多いせいか、いまだに、マーラーとブルックナーの1stTpは吹いたことがありません。まあ、ブルックナーは吹きたいと思ったこと自体ありませんが、、
十川 特になし
高木 一番おいしかったのは、このあいだやったドビュッシーの「海」かな。
自分の結婚式でサテンドールのアドリブをソとミだけですませたこと。
高橋 ない。
田玉 え〜、、、スーダラ節(水星交響楽団野外演奏会)とか。、、、
野口 桜井新作曲『AWA-DANCE』(だっけ?)
東大オケ1989.7.20於徳島市立文化センター サマーコンサートアンコール。ツアーのトリで指揮者(三石精一)をひっかけるため、『マイスター』をやる順番のところで、新作の「阿波踊り」を始めるという企画であった。
前夜は高松で演奏会をしており、企画を決めて作曲を桜井新(現ピストンクラブ)に無理矢理開始させたのは、夜中の1時くらいであった。彼のラフスケッチを元に渡部徹、谷吉朗、野口洋隆も加わってフルオケのパート譜を完成したときには外はすっかり明るくなっていた。正規のステリハの間を縫って指揮者が食事で外へ出ているときに音出しを済ませ、いざ本番。
普段は一分のスキもない棒を振る三石氏も一瞬驚愕の表情を見せ、「阿波踊り」を耳にした徳島の聴衆は、イントロが始まると思わず拍手。作曲開始から本番までわずか24時間もなくやってしまったこれは、なかなか他では出来まい、という意味で一番である。なお筆者は、これ以後、後輩ながら桜井氏についていこう、と決心したのであった。
峯岸 学習院オケで3年間主席奏者を勤め(ていたはずだ、確か)、卒業後俊友会管弦楽団に招かれ(たんだよねーエビさん)マーラーの交響曲第5番(於:サントリーホール)で主席としてデビュー?好評を得る(CD売ってます。あれ?もう在庫切れだったかな?)
和気 大学4年、マーラーの1番で首席(筑波大オケ初演(笑))

◎ 8. ソロで得意な曲があれば
海老原 マイナーコードの曲一般との噂。いや、個人的には、メジャーコードだって吹けると思ってるんだけどなあ。
桜井 アルチュニアン:トランペットコンチェルト
昔「ユースウィンドオーケストラ」という大和の市民吹奏楽団に数年在籍していましたが、その団体が、大学2年の時に、この曲をとりあげました。私は本番のソリスト(誰だか忘れた)が来るまで、練習でソロを吹いていたので、これは、今でもほぼ暗譜しています。
十川 特になし
今までの人生で一番好評だったのは、「3匹のねこ」という金管10重奏のアンサンブルがあるのですが、このフリューゲルソロでしょうか。
高木 ラジオ体操第1。必ず爆笑が取れる私の十八番。過去4回演奏。
その他多数。
高橋 ない。
田玉 ええ〜、、、割愛。
野口 デビッド『コンチェルティーノ』(吹けないけど、やったのはこれくらい)
峯岸 フンメル もう全曲続けて吹けないと思うが。当時森重さんは絶賛してくれた。
和気 なし。っていうかやったことない。

◎ 9. ラッパ以外の趣味で自慢できるものがあれば
海老原 スキーかなあ。でも、まだ2級すらとれない。
桜井 最近はケータイ着メロアレンジにはまっています。それから、紹介されたように、歩く時刻表としての機能。
十川 現在、華道(池坊)、茶道(表千家)の修行中。両方とも花嫁修業ではなく、最近はじめたものなので入門したてです。今までオーケストラとか洋モノ中心の生活だったので、これからは和モノにも目をむけようか、と。
高木 カメラですな。他には料理。
高橋 多趣味だがどれも中途半端なので、なし。
田玉 ●お買い物。
●絵を観る事(ピカソ、シャガール、クリムト、最近はゴッホにも魅力を感じています)。
●料理は最近始めました。
野口 インチキ手品
峯岸 結構自慢できるものないね。ゴルフ下手だし。仕事では優秀営業マン表彰とか3〜4回受けた気がするけど
和気 パソコン自作(現在5台目?)、プログラミング、ネットワーク管理、情報処理教員(これは仕事か)、ホームページとかは今更って感じ?、料理、ベルギービールうんちく、おっと編曲もかな。自動二輪免許とかもあり?


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