[エッセイ目次] [←前へ] [次へ→] | [トップへ] |
未確認飛行物体高木 亮
私が以前所属していた市民オーケストラでの出来事です。そのオーケストラはメンバーの年齢、職業、性別、身長、体重が多岐にわたり、演奏はともかく、宴会がとても面白いオーケストラでした。特に長老の方々はまだまだ元気で、初めてボーリングをやったのが満州だとか、戦後物資の乏しいなか、竹で出来たクラリネットを吹いていたとか、そんな話をしてくださるのです。 そんなメンバーの最長老のおじいさんは 2nd ヴァイオリンにいました。もう歩くのも大変そうなくらいの御高齢なのですが、毎週の練習を楽しみに来られていたようです。 さて、事件はある日の練習中に起こりました。 確かベートーベンのシンフォニーをやっていたと思うのですが、フォルテッシモの所で何かがホルンの前を飛んでいきました。結構な大きさです。その物体は床を滑って私の足元で止まりました。吹きながら下を向いて見てみたのですが、ピンク色で半月状の形をしています。パッセージが終ると拾ってみました。 何とそれは、入れ歯だったのです。周りを見ると、演奏は止まっていて、件のおじいさんがこちらを見て手招きしています。おじいさんは入れ歯の埃をちょっと払うと、 カポッ と口にはめ込みました。オーケストラは爆笑に包まれ、その後5分間演奏不能になりました。おじいさんは実に恥ずかしそうでした。 でも、どうしてあんなに飛んでしまったのでしょう。この謎は解明されないまま、おじいさんは鬼籍に入ってしまい、現在に至っているのです。 おしまい。 |
[エッセイ目次] [←前へ] [次へ→] | [トップへ] |