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『トロンボーン吹きから見たトランペット吹き』 第2章
音域の違い (高い音はよく聞こえる)野口 洋隆
トロンボーンはトランペットの2倍の長さの管をもつ。このため、トランペットよりちょうど1オクターブ低い音域となっている。スライドとピストンの違いについては次章に譲るが、基本的にトロンボーンの音の出し方とトランペットの音の出し方は一緒である。(金管楽器としては、両者とも直管に区分され、その音質=倍音構造も似ている)一緒ではあるが、管の長さの違いによりオクターブ違う音域をもつ。この違いが両者に決定的な差を生じせしむるのである。トロンボーンの音域は、ほぼ成人男性の声域と同じである。これに対しトランペットは成人女性のそれと重なる。 ここで、混声4部合唱を想定してみよう。この基本構造は、上からソプラノ(女)=メロディー、アルト(女)=内声1、テナー(男)=内声2、バス(男)=ベース、となる。これをトランペットとトロンボーンの関係に当てはめると分かるように、トランペットでも、特に上の音が得意な人にメロディーがまわってくるのである。金管楽器奏者なら、本音では上の音を軽々吹いてみたいはずである。また、各楽器においても、上の音が出る人が上手で「トップ」吹きになっていることが多いはずである。 さて、ここにハイトーンも出てトロンボーンが上手な人がいたとしよう。彼は所属するブラスで1st Tromboneを吹いているはずである。ところが、上述の構造の中において彼は「テナー=内声2」を担当するのである。嗚呼、楽器も吹けて高音も出るのに、目立つメロディーはトランペットのもの・・・・。これがトロンボーン吹きの偽らざる心境である(に違いあるまい)。しかも、彼(1st Trb)が気がつくと、ベースの方が音楽構造的に目立ったりおいしかったり重要だったりする場合があるのだ。「オレもバストロになろうか・・・」こうして何人かのトロンボーン奏者がバストロ吹きになっていく。 このように構造的にトランペットがメロディーをとるとして、万一トランペットを吹くトップが「ヘボ」だったらどうだろう? もしトロンボーンがそれほどヘボでなくトランペットがヘボであった場合、悲劇は始まる。 幸いにして筆者は今までトランペット吹きに恵まれ、そのような経験をしたことはないが(人間関係は大切にしないとね)、ヘボなトランペットの隣で吹くトロンボーンの人のフラストレーションは容易に思い出せる、もとい、想像出来る。逆に、「ナイス」なトランペット奏者が隣にいたら、どうであろう。この場合のトロンボーンは幸せである。一緒に吹いていて自分も上手くなった気がする。彼の音楽を支え、脇役をしっかりこなすことに、自らのカタルシスを見いだせるのである。 ところで、何故メロディーは高い音がやるのか? もちろん下がメロで上はハーモニーとかリズムとかのパターンもあるが、基本はメロディーは高い音におかれる。何故か? それは、やはり高い音はよく聞こえるからであろう。単純な理由だが、単純なだけに覆すことは難しい。 そこで、筆者が思ったことをひとつ。 たとえばブラスでもオケでも、あなたが合奏の中で吹いていて、ハーモニーをつくる場合、以下のようにするのが正しいのだろうか?
筆者は、中学、高校のブラス、大学のオケでも、上のように教えられてきた。また、おそらくは、正しいことだと思っている。 しかし、現実の場面においての自分の対処法が必ずしもそうではなく、その場合は自分はインチキをしている、と思っていたことがある。 それは、「隣に合わせる」ということである。この場合の「隣」とは、1st Trumpetを指す。どうしてそうするかというと、ベースがよく聞こえないとか、音楽が崩れかけていて、ベースに合わせるだけでは立て直せないと判断したとか、隣に合わせている方が楽に吹けるとか、いろいろな場面がある。 では、何故、1st Trumpetなのか? 条件として彼が上手くなければならないが、ひとつには隣だから一番合わせやすいことがある。しかし、最も大きな理由は、1st Trumpetの影響力が絶大であるためである。最もよく聞こえ、最も格好良いパートであり、ヘクった場合の破壊力と裏腹で、演奏効果がよく上がり音楽を推進するパートなのである。ハイリスク・ハイリターンである。 なので筆者は1st Trumpetにつけてしまうことが多かった。トロンボーンのトップとして、パート内の統制をちゃんととっていれば、下は自分についてくる。ということで直管部隊が1st Trumpetを中心にピタッと合わせてしまい、全ブラスや全オケのサウンドを決するのである。 上記の教えからすると、これは違うということで、筆者は我ながらインチキをしているなあ、と思っていたのである。 ところが最近あるレッスンを受け、眼が開かれる思いをしたのだった。 その先生は都内のプロオケで長らく「チューバ」を吹いてきた方である。つまりは上記の教えによると「そこに合わせなければならない低音」の人である。その先生に管楽器の分奏の指導を受けたときに、このように云われたのだった。 「1番トランペットに合わせなさい」 何故か? 1番トランペットが一番よく聞こえるから、との理由であった。 オーボエもクラリネットも、ホルンもトロンボーンも、テューバも、みーんな1番トランペットに合わせなさい。 おお、何という分かりやすい教えなことか! チューバの先生がこう云っているのだから、これは正しいに違いない。 「1番トランペットに合わせなさい」 筆者がブラスでトロンボーンを始めてからずっとインチキと思っていたことは、どうやら、インチキではなかったかも知れないのだった。 本章の最後に、「1番トランペットに合わせなさい」に続いて云われた先生の言葉を記そう。 「だから1番トランペットはちゃんと吹かなきゃだめよ」 |
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