連載エッセイ「日々の徒然」

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◎特別編(2000/10/11)
『トロンボーン吹きから見たトランペット吹き』 第5章

ハーモニーの作り方 ("ミ"は低くとるのか?)

野口 洋隆
荷が思いテーマである。なにしろ筆者はまっとうに音楽理論を勉強したことがない。語句の用法にも甚だ自信がない。読者諸氏の叱責を待つばかりである。

(というか、ここまでお読みいただいている方がどれほどいらっしゃるのだろうか? ピストンの人間や、我が妻でも怪しいものである。まあすべてを無視して書き散らしていこう。文中、音名等で英語や独語や伊語カタカナ表示が混じると思われるが、筆者はこのチャンポンが一番使いやすいと感じているのだ。)

ハーモニー、コラール、・・・・トロンボーンの出番である。

純正調の世界において、スライドで無段階的に音程の調整が出来るトロンボーンは、無理なくこのハーモニーを作ることが出来る(理論上は)。

オーケストラのトロンボーン吹きは、ここに我が存在意義をかけている。茂木さんが「低音一発芸楽器」と揶揄する言葉など耳にもはいらない。聖なる楽器であるトロンボーンには、俗世間の雑音など聞こえやしないのである。

さて、長調のドミソの和音があったとしよう。ミの音を平均率の場合よりも低くとる。短調のラドミのドは高めにとる。セブンスのドミソシ♭のシ♭は低めにとる。まあ純正調とはこんな感じである。長3度の開きのとこを狭くする、といったものか。また、5度も平均率よりちょいと広いとか、いろいろあるのだが、理論的根拠は、理系の人間に任せたい。

オーケストラの曲で実例を挙げて述べる。オケのトロンボーンの人でないと、よく分からないかも知れない。スコアを拡げながらお読みいただければ幸いである。

ブラームスの交響曲第1番にはトロンボーンが3本使われており、第4楽章で初めて登場する。

 |A−−−E−−E|F−−−  F−|G−F−F−E−|F−−−−− |

このようなメロディーのコラールが3本のトロンボーンによって演奏される。1st Trombone奏者にとっては、最初のAを出す瞬間は最も心臓がバクバクするところである。この最初のAを出すところは、和音的にはAdurのコードで、トロンボーン3本はA・C#・Aをそれぞれ吹いている。

ここでC#を吹く2nd Tromboneは上の純正調の原則に従って、「低め」にとる。するとウナりのないきれいなハーモニーが生まれ、トロンボーンの存在意義が十二分に発揮されることになる。

仮にトランペットで同じ部分をオクターブ上げて吹いたら、2ndはどうするのだろう?C#を出すには、2番ピストンを押すのだが、2番ピストンにはトリガーはない。口で下げるのだろうか? それとも2+3番を押して、3番トリガーを使うのだろうか? 倍音列としては低めになる音なのでそのままハマるのだろうか? それとも何にも考えないのだろうか? C管を使うのだろうか?

ブラームスの交響曲第4番でもトロンボーンが3本使われ、同じく第4楽章にコラールがある。このコラールの最初の和音はEdurで、1stから3rdの順にG#・E・Eをふられている。

さあ、ここのG#である。

Edurのコードにおいては、G#は「ミ」である。この「ミ」は低めに吹くべきものなのだろうか?

この部分での1st Tromboneの旋律を移動ド式で読むと、

 「ミーソー ラ|ラーシー |シードー シ|シーラー |」

となる。最初のミを低くとると、メロディーの流れ上、不自然さが感じられるのではなかろうか。筆者がこの曲をやるときは、やはりこのG#を低くはとらない。2ndおよび3rdの方を合わせさせる。音程の微調整が容易なトロンボーンならではである。この部分はほかの楽器も弾いているが、そんなことは知らない(訳ではなく、弦のアルペイジオなので影響はほとんどない)。

トランペットで同じことをやったらどうなのか?

おそらくメロディーのG#は低くはとらないのではなかろうか。変に低くとると高音楽器の場合、ぶら下がって聞こえる場合がある。トロンボーンと違って音程の調整は困難であるから、2nd・3rdが合わせるのも難しく、1stの「ミ」が高いまま放置される。純正調上は正しくハモらなくても、おそらくそうするのではなかろうか。

このように、「ミ」を低くするのはどんな場合でも正しいという訳ではない、と筆者には思われる。

同じ問題なのだが、「シ」を低くするべきか? ということがある。冒頭にも述べたように、筆者には荷が重すぎる問題であるため、ここでは触れない。

代わりに、文中触れたブラームスの1番のコラールを使った、トロンボーンパートのアンサンブルを鍛えるために筆者が用いた練習法を紹介して、この章を終えたいと思う。

このコラールは、時間にして20秒ほどのものであるが、最初の入りのAdurを普通にはいり、音を変えるたびに3本とも微妙に音程を上げていき、終わるときには半音分音程が上がっている、というものである。つまり半音上がる転調を気づかないうちにやってしまう、という練習である。3本のトロンボーンによるコードが純正調的にハモっていると、音が変わるときの微妙な音程の変化があってもなかなか気づかれないのである。

これがバッチリ決まった場合、次にはいってくるホルンの旋律がやたら間抜けに聞こえる、もしくは間違えて聞こえる、という特典がある。なにしろブラ1のトロンボーンはとても暇ではあるが心臓によくないパートであるため、このようなイタズラでもしないことにはやっていられないのである。

もちろん反対に半音分下げていく練習もある。「下手な合唱団のアカペラごっこ」という。


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