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【第3章】 スライド楽器の盲点 〜半音階は簡単か?〜野口 洋隆
筆者がバストランペットを吹くときは、トロンボーンのときとは若干歌い方が変わる。例えば、ピストン楽器だとスラーが容易になるため、多用しがちになる、などがある。 スライド楽器からピストン楽器に移行した場合、何とも容易になるのが、前稿でも触れたが「トリル」である。筆者的には、リップトリルはかなり難しいテクニックであり、ほとんど実用性はないのであるが、ピストン楽器の場合指をパタパタやるだけでトリルができ、バストランペット入手当時はよろこんでやっていたものである。 また、リップトリルは、原理上倍音が込み入った音域でないと出来ないものであり、低音部のフレーズでは使えないということもあった。ピストンであれば、多少指使いが難しくなるが、低音部でもトリルが出来るはずである。 と、筆者は思っていた。 しかし、最近、「やっぱりトリルできる音域は上の方しかないのではないか」と思い始めている。 どういうことかと言うと、下の方の音域で指をパタパタやってトリルをしても、本人が思っているようにトリルには聞こえないのではないか、という気がしているのである。 下の方の音は、音の角が立ちにくく、ひとつひとつの音を分離して聞かせるのも困難であり、要は高い音より聞こえにくいのだ。低い音は、その音程を判別するのにも、高い音の場合よりも音の鳴っている時間を要する、という気もする。ト音記号五線の上に飛び出すくらいの高い音と、へ音五線よりも下の方の低い音とが、それぞれ0.1秒だけ鳴ったとしてみよう。高い音なら何の音か分かるかも知れないが、低い音の方は何だか分からないような気がする。振動数が足りないのかも知れない。 (※筆者には絶対音感はないので、何かガイドがないと何の音かは分かりようがない。) とにかく、低い音でパタパタやっても、細かく刻んでいるのかトリルをやっているのか、判別出来ないことが多い。演奏している本人は、もちろん華麗なトリルをやっているつもりなのだが、後で録音を聞くとまったく思っているのと違って聞こえるのであり、リアルタイムで傍で聞いている人も何やっているんだか分からないのだろうと思う。 (※録音で聞くと、思っているのと違って聞こえるというか、ゴニョゴニョ・ドロドロしていて、何やっているかよく聞こえないのである。もちろん筆者の未熟の部分が大きいのであるが) そう言えば、テューバでも、『マイスタージンガー』前奏曲のなかの有名なソロの最後のトリルは、妙に高い音でやっている。あれは、高い音域でないとトリルに聞こえないからだったか(インディアン・トリルに聞こえる場合もあるが....)。 トランペットでも同じようなことがあるようで、ピストンの今回の演奏会(第11回)でバストランペットに出てきた下のFのトリルに対して、筆者は1+3→3→1+3→3→(F→G→F→G→)のパタパタをやっていたのだが、S氏より、「そういうトリルはGがGに聞こえないから、1+3→1→1+3→1→(F→A♭→F→A♭→)でやるんですよ」と指摘された。 ● なんでも、O倉先生がそうおっしゃたらしい。 なるほど。 ということで、今回の演奏会で試してみようと思っている。 このようなことは、トロンボーンだけを吹いていたのでは考えもしないことだった。バストランペットを吹いていて、またひとつピストン的な思考法を知った。 しかし、考えてみれば、トロンボーンでリップトリルするときだって、理論上の倍音がはまる場合なんて少ないから、適当に近い音でトイトイやって、それっぽければOKだしな。 指でやるトリルは正しい指使いで出さなければならない、と考える必要はないわけだ。 さて、ここで、筆者がスライド楽器上がりのため、ピストン楽器に移行して出来ないことが発覚したことを、ひとつ白状しよう。それは、 ● 半音階 である。 筆者は、トロンボーンを吹いていて半音階(クロマティック)を苦手と感じたことはなかった。 ポジションを1つずつ伸ばしていく、もしくは縮めていけばばよいだけだし、もちろん倍音が変わるところがあるが、それはあまり苦にしたことはないのであった。 確かにトロンボーンではその通りである。右手の動きは直線的なのである。 しかし、ピストン楽器では3本の指の組合せを次々変えて半音階を構成しなければならない。 これがこんなに難しいものだとは思わなかった。苦闘している筆者に、F→Gのトリルの吹き方を伝授してくれたS氏は言った。 「本当に出来ないんですね。トランペットの人は手グセで出来るんですよ」 手グセ! そうなのか。やはり十代の頃から吹いている人は違うなあ、と思った次第である。 半音階であるから、指の動きのパターンの配列は同一であり(上りと下りはあるが)、ただどの音から始めるかが違うだけだから、手グセというのは言い得て妙だと思ったのである。 で、いろいろ苦労して現在さらっているのだが、そこで気づいたのである。 ●トロンボーンには、実は半音階があまり出てこない。 さらい慣れていないのである。頭のなかが半音階にならないのだ。 ラヴェルの楽譜などで、旗がいっぱいついた黒い半音階が書いてあっても、その上には間違いなく次の文字があるはずである。 gliss.と。 つまり、半音階が生み出す効果の一つに「連続的な音程の変化」があるが、それを最も完璧に実現するのがグリッサンドなのである。こうなればもうトロンボーンの出番であるから、わざわざ半音階をさせられることはない。 奏法的にも、スライドで半音階を「素早く」演奏するのは、意外と簡単で、その半音階の初めの音のポジションから終わりの音ののポジションまでスライドをすっと動かし、その間に「書かれている音の数だけ」タンギングする、という感じで吹けば、それっぽく聞こえるのである。しかも、タンギングの数が多少増えても、それっぽさはあまり変わらない場合もある。 と、このように半音階で苦労していないがため、ピストン楽器を持ったときの半音階の苦労は大変なものがあるのだった。 しかし、このような考察をしたことにより、ひとつ分かったことがある。それは、半音階はグリッサンドの代用なので、付点のパターンをさらう必要はない(また言い切ってしまった。本当だろうか?)ということだ。 リズムが全部付点になっているスイングの場合はどうか? 3連符のパターンになることがほとんどである。つまり、3連符で早く吹けるようにさらう方が実用度が高い(|ド・ド#・レ|レ#・ミ・ファ|ファ#・ソ・ソ#|ラ・ラ#シ|ドーー|ということ)。 などと書き連ねてきたが、多分、ピアノを弾ける人はそんなに苦労しないんだろうな、と思っている。 |
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