連載エッセイ「日々の徒然」

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◎特別編第2弾(2003/4/6)
『トランペット吹き《もどき》から見たトロンボーン吹き』
〜続・トロンボーン吹きから見たトランペット吹き〜

【第6章】 意外に新しモノ好き 〜定番メーカーはどこだ?〜

野口 洋隆
 前稿で、筆者は、トランペットの人は何本も楽器を持っていて、それを取っ替え引っ替え吹く、と書いた。

 これに関して、その後も筆者の考えは変わっていない。むしろ、トロンボーンに比べトランペットのケース類の市販されている種類の多さを見るに、この傾向に間違いはないと思っている。
 トロンボーンが1本だけはいるソフトケースを探すのはそんなに苦労はないが(それでもドイツ管だと苦労が増す)、アルトとテナーを入れるダブルケースを探すとなると、相当数が限られる。
 筆者の場合、ドイツ管のテナー1本とB♭管付きの後ろが飛び出しているアルト1本を入れるケースが必要なのだが、なかなかない。まあ、こんな組合せで楽器を持っている方が悪いのかも知れないが、両方とも故あって買った中古楽器なので、仕方がないのだ。

 話ははずれるが(またか、の声聞こえる)、筆者のB♭管付きのアルトは、ある人が筆者に「プロ奏者のTさんがアルトを売りに出しているだけど、買わない?」と紹介してくれた経緯があって入手したものである。
 誠に不勉強で申し訳ないのだが、筆者はその時までTさんの名前は知らずにいた。たまたま当時ピストンクラブで川嶋素晴氏に作品依嘱しており、筆者のパートは「Alto Trombone」となっていて、早急に楽器を入手する必要があったという事情があり、筆者はこの話に飛びついた。
 本当は、銀座のヤマハにでも行って、20万くらいのYamahaのアルトでも買おうと思っていたのだが、面倒だなあと思っているうちにこの話が来たので、「買う買う」と答えていたのだった。

 その際「14万円」という話は聞いていたのだが、どこのメーカーか、というのは聞いていなかった。確か、連絡を取ってもらって、電話をして、「今度の金曜に○○へ教えに行きますから、その帰りに池袋の駅ででも渡しましょう。西部池袋の改札で7時にいます。トロンボーンのケース2本持ってますから分かるでしょう」とTさんから言われた。

 筆者は当日会社の帰りに池袋駅に向かった。レッチェの黒くて細長いケースを持っている人が見つかった。

 一緒に持っているケースは、見慣れたCONNのケースを半分にぶった切ったようなケースだった。

 「これです。」

 その場でケースを開いて中味を確認させてくれた。その楽器には、ロータリーが着いていてB♭管が付いていた。

 「うわ、こんなの付いてるんですか。」筆者は思わず言ってしまった。

 これまた不勉強ながら、筆者はCONNのアルトを知らずにいた。もちろんテナーの8Hや88Hはよく知っていたが、アルトは知らなかったのである。この時点までで、筆者が吹いたことのあるアルトは、学校のレッチェ(これは名器)とJさんのYamaha(これもいい楽器)だけだった。

 「一応全部調整しておきました。取りあえず1週間くらい吹いてみて、それで決めてください」

 Tさんは親切におっしゃってくれたのであった。紹介者があるとは言え、筆者はT氏からすれば赤の他人で連絡先も分からないのである。筆者がここで楽器を持って帰ってドロンしてしまうかも知れないではないか。
 筆者はそうも思ったが、この信頼に応えなくてはいけないなとも思ったのである。

 吹くまでもなく、筆者はこの楽器を買うことは決めていたが、吹いてみても、いい感じであった。

 筆者がトロンボーンを買うときの最初のチェックポイント=スライドは、当然のことながらよく滑ったし、ロータリーも快調で、何のノイズもはいらない。ポジションは、見た感じより若干違う場所に取らないとならないが、これは練習するしかない。

 しかし、しかしである。筆者はB♭管がついていることは想定していなかった。アルトで使うことはないのに....とも思った。B♭管さえなければカッコいい楽器なのに....。

 とは言え、問題のあるような楽器ではなかったので、筆者はこの楽器を買うことにした。T氏に電話をし、その旨伝え、14万円を指定された口座に振り込んだ。
 
 今でもそうだが、筆者の周りのトロンボーン奏者が持っているアルトは、レッチェかYamahaが多い(Yamahaは分かるが、レッチェは....。少なくとも筆者には新品は買えない)。このCONNの楽器はあまり見慣れないのであった。
 ほかの人が試奏した感想も「当たりがテナーみたいだねえ」というものであった。まあ、その通りであろう。

 ともかく、筆者はこのCONNのアルトで、川嶋素晴氏依嘱作品「ポリプロソポスII」を乗り切り、何度かオーケストラ作品でも使用した。
(オーケストラでは、アルトにB♭管がついていると、アンコールだけのためにテナーを持っていく、というようなことはせずに済むという利点があった。ただ、筆者はアンコールだけのためにテナーを持って行くほどマジメではなく、B♭管がついてなくても、スラブ舞曲くらいならアルトで吹いてしまうのであった)。

 最近、このCONNのアルトの使用者が身近にいることに気づいて、ちょっと心強くなっている。

 一人は、ドイツ管+CONNアルトと筆者と同じ組み合わせで吹いている後輩である。ただし、実物を見たことがないので、定かではない。

 そして、NABEOでお世話になっているスライドワークの方々。(ネット上でも「熊本の激ウマのトロンボーンアンサンブル」と紹介されたりしているが、ホントに上手。筆者は、ピストンクラブの出番の前にスライドワークの出番があって、舞台袖での待機中に舞台で演奏している彼らの演奏を聞いたのが第一聴であった。あまりの上手さに、舞台裏でピストンの面々が顔を見合わせたものだった。客席での感想も同様のものであったと思われ、彼らの演奏終了後、驚嘆のため息が漏れたのを筆者は聞き逃さなかった(一説には、ハイFを決めたことに対する賞賛のため息という声もある))

 スライドワークは、ツインのアルトの編成で演ることがある(これがまたカッコいい)が、CONNのアルトを使っているのであった。
 ちなみに、彼らは最初見たときは、テナー、バスもCONNで揃えていたのだが、あるときから彫物一杯で有名なシャイアーズになっていた。ただし、アルトはCONNを使っている。もっともリーダーのTさんのアルトは、赤ベルである。確か、なかなかない楽器。
(スライドワークの方々には、2002年の NABEO in 熊本で大変お世話になったが、初めてお会いしたSさんに宴席で、ピストンクラブの野口です、と自己紹介したら、「あっ、エッセイの人!」と言われたのはちょっと嬉しかった。しかし、今回の二番煎じはさすがに読んでないだろうな、と思われる)

 そして、最後の極めつけ。
 ロンドン響主席からウィーンフィルの主席に電撃移籍したイアン・バウスフィールド。
 ラトルに率いられ来日した2001年秋、ベートーベンでバウスフィールドは、CONNのアルトを使っていた!
 もちろん、B♭管も付いてるぜ!

 この事実は、後日NHKで放映された映像で確認したのだが、この来日時にバウスフィールドはソロ・リサイタルを開催しており、筆者はこれは聞きに行った。CDは聞いており、またロンドンに在住していたホルンの友人も「あれは上手い」と言っており、一度実物を見てみたいと思っていたのである。

 おっと、バウスフィールドさんが「身近」というのは如何なものだ。筆者が一方的にそう思っているだけなのだから。

 はずれた話が、毎度のことながらとても長くなってしまった。

 本章で検討したい命題は、次のことなのであった。

 ●トロンボーンは、流行り廃りが激しい。

 トランペットならバック、ホルンならアレキ、バイオリンならストラディバリ、ピアノならスタンウェイ、というように、楽器には定番メーカーがあることが多い。

 では、トロンボーンの定番メーカーは何であろうか?

 筆者は長らくコーン(CONN)と信じてきた。毎度登場のデニス・ウィックの"バイブル"でも事実上CONNの88Hが推奨されている。

 確かに、コーン吹きは多い。先ほどのバウスフィールドもCONNだし(筆者の持っているCDではYamahaのtest pirotとなっているが)、ロナルド・バロンなんかも。

 しかし、必ずしもそうではないということに気づいた。

 ここでは、キング、マーチンに代表されるJazz系の楽器は省略されていただく(筆者はほとんど知らないので)が、学校備品備品を除いて、トロンボーンのシェアがどうなってきたか、この20年を独断でマッピングしてみたいと思う。

 1980 
    コーン 30% バック 20% ヤマハ20%  その他 30%
 1985
    ヤマハ40%  コーン 20% バック 20% その他 30%
 1990
    バック30% ヤマハ30% コーン10% レッチェ5% ホルトン5% コルトワ5% その他20%
 1995
    バック30% ヤマハ25% コーン10% エドワーズ5% レッチェ5% コルトワ5% その他25%
 2000
    バック30% ヤマハ25% シャイアーズ10% コーン10% エドワーズ5% レッチェ5% コルトワ5% その他15% 

 単に筆者の身の回りのトロンボーン奏者が何を使っているか、を並べただけなのであるが。

 歴史的には、日本経済が最強だった80年代、邦人タレント(TTQ)のみならず外タレ(スローカー)も擁したヤマハが世界を席巻しつつあったが、バブルの崩壊とともにこの傾向も落ち着き、クラフトマンシップに溢れた新興メーカが興隆しつつある、といったところである(いや、ヤマハにクラフトマンシップがない、というわけではない)。少数勢では、その工業製品への信頼厚いドイツ製品は以前から健闘しており、ゴーン、トルシエ、ベッケの3人衆を擁したフランス製品が最近光っている。

 次々と新しいメーカーが出てきて良い製品を出し、それに刺激されて既存メーカーも開発が進む、といった感じであろうか。昔だったら、バックかコーンか、その他のヘンな(失礼)楽器か、くらいであったのが、最近は、選択肢がどんどん拡がったというか、拡散したというか、そういう状況である。
 何だ、いいことじゃないか、と思われる向きもあろう。

 確かに楽器の進化には望ましい状況である。

 しかし、トロンボーンの人は一方で「やっぱり同じメーカーで揃えなきゃ」とか言ったりするのである。
 かなり一理ある話だとは思うが、筆者には、実は非常に抵抗を覚える発言なのだ。

 筆者は、トロンボーンは(他の金管楽器も同様だが)楽器による音色の違いよりは、奏者による音色の違いの方が大きい、と考えている。
 よって、必ずしも同じ楽器に揃えなければダメとは思えないし、それよりも楽器以前の自分のクセとかいろいろあるだろう、と思ってしまうのだ。

 とは言え、パリトロがコルトワで揃っていたり、フォー・オブ・ア・カインドがみんなでバックを吹いているのを見聞きすると、やっぱりフランスの歌心は違うな、とか、バック・サウンドってあるよね、とかいう感想を抱いてしまうのは事実ではある。
 ウィーンの人が見慣れないオーストリアの楽器を吹いていると、お、あれは何だ、とも思うのである。

 この、みんなで同じ楽器に揃えよう、とか言うのは、トロンボーンだけな気がする。
 
 トランペットの人がみんなで同じ楽器に揃えよう、というのは実はあまり聞いたことがない。モネを買っても、「みんなで買って揃えようよ」というよりは、「へへ、どう、いいでしょ〜」と1人だけ目立つことを楽しむような気がする。まあ、曲のなかでタテとヨコは揃えるというのはあるだろうが。

 ホルンも然りである。「やっぱりみんなでアレキだぜ!」と言うだろうか?
 よく知らないが、「アレキもいいけど、吹ける人と吹けない人がいるからなぁ。自分に合った楽器を吹くのが一番いいんじゃない」と言いそうな気がする。

 ある意味、オーケストラというのは様々な個性を持った楽器が寄り集まる多彩性を楽しむものであろうから、必ずしも楽器の統一がプラスの方向に働くとは限らないのではなかろうか。

 だいたい、トロンボーンだけ同じメーカーにしてもなあ、とも思う。
 同じ直管楽器という面で考えれば、トランペットも併せて揃えないとならない、ということもあるのではなかろうか。
 すると、現実的には、バックかヤマハになるだろう。事実上、これで揃っている団体もあるかも知れないが、あまりこれを意識しているような気はしない。
 例えば、金管全部をB&Sで揃えている日本の団体、というようなものがあったら、それはそれで見てみたい気もするが。


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