連載エッセイ「日々の徒然」

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◎特別編第2弾(2003/4/6)
『トランペット吹き《もどき》から見たトロンボーン吹き』
〜続・トロンボーン吹きから見たトランペット吹き〜

【第7章】 トランペットにはない倍音 〜何故A♭は出にくいの?〜

野口 洋隆
 トロンボーンの人は、上のGを2pos.で取る。

 教則本に、そう書いてある。

 なぜ、Gが2pos.で取れるか、と言うと、スライド楽器のため、A♭の倍音域が使えるからである。
 トロンボーンでは1pos.、トランペットなどでは解放で出る音は、B♭管の場合、下から(ペダルB♭)→B♭→F→B♭→D→F→A♭→B♭→C→D→〜となっている。このパターンはすべての金管楽器に共通する。そして、通常の金管楽器の場合、このA♭は「出ることは出るけど、かなり低い」といった音程の音である。
 そこで、バルブ系の楽器(トランペット、ホルン、テューバ、ユーフォニウムなど。つまり、スライド以外の金管楽器すべて)では、このA♭、もしくはこの倍音に該当する音の使用を捨てている。B♭管楽器で言えば、このA♭については、1番バルブで出し、半音下のGは1+2番で、そのまた半音下のF#は2+3番で出す。

 しかし、トロンボーンはスライド機構を有し、無段階的に音程を変えることが可能である。
 そこで、この倍音列のA♭はそれ以上スライドを引くのは難しいため使わないとしても、GおよびF#については、「ちょっと手前」にポジショニングすることで、この倍音列を使う。

 確かに、このポジショニングを使用するのは合理性がある。何となれば、こうすることで、真ん中のB♭から上については、最遠4pos.まで使えば、どの半音も出せるのである。つまり、1〜4の4つのポジションの間ですべての音が出る。これが機動性の向上に多少なりとも資することは想像できる。

 トロンボーン奏者のなかにはユーフォニウム上がりの人も結構いると思われる。吹奏楽でユーフォニウムをやっていて、オーケストラをやりたいがため、トロンボーンに転向する人も少なからずいるような気もする。
 (余談であるが、筆者がバストランペットをお貸ししたうちの一人は、G大のトロンボーン科とのことだったが、ユーフォニウム上がりだから指はバッチリと言っていた。2週間ばかりお貸しして返してもらったあと、来月からロンドンに留学です、と言っていたが、今どうしているのだろう?
 そう言えば、そのバストランペットはK吹奏楽団のレコーディングで使うとのことであったが、何のディスクの何という曲に使ったんだろ?
 筆者の知る限り、ユーフォニウム上がりのトロンボーンの人は、得てして上手だと思う。N響のA山氏もユーフォ吹きだったという話を聞いたことがあるが、記憶違いか?)

 そういう、ユーフォニウム上がりの人とか、トランペットほかのバルブ系の楽器からトロンボーンに転向してきた人は、Gを2pos.で取ることに違和感を感じないのだろうか?

 2pos.でGを取ると、スライド運びの点で利点がある反面、倍音が込み入って間違えやすくなるという欠点はあろう。

 まあ、それは置いておいて、トロンボーンの場合、このA♭倍音列のちょっと高めの3pos.で出すF#が特にいい響きがする、と筆者は思っている。筆者だけなのかも知れないが、この音が非常に好きである。高い音なのだが、明るいのびのびと良く響いた音、といった感じである。

 その昔、志賀高原の金管合宿で、小長谷宗一先生がいらっしゃたので「アレンジ入門口座」をやろうという話になったことがあった。そのとき小長谷先生から課題が出された。内容は難しいものではなく、『キラキラ星』をメロディー崩すことなく曲にすること・編成は自由だが、ここにいる人達で組める編成のこと、という課題であった。
 筆者はトロンボーン3重奏という編成にしたのであるが、筆者が誉められた(と思っているのだが)のは、調の選択であった。

 「へえ、俺だったらこんな調で書かないけど、結構いい響きになるんだ。奏者でないとこういう選択はしないのかも。自分たちでアレンジする良さは、こういうところに表れるね」

 美化された筆者の記憶によると、先生はこのようなコメントをなさった。

 筆者が選んだ調はなんだったのか?

 G-durである。
 つまり、シャープ系。in Cの記譜ではシャープが1個だが、B♭管にとっては実質シャープ3つ。 
 吹奏楽的には、あまり選ばない調であろう。

 何故筆者がこの調にしたか、というと、実は前述のF#を使いたかったからなのである。
 そのアレンジ上のキーとなる音があって、まあ導音的使用だったのだが、これにF#を当てはめるために、逆算してG-durという調になったのであった。B-durにしてしまうと、最高音がちょっとキツくなる、という計算もあった。

 この計算が功を奏したのかどうか、わずか24小節のアレンジながら、響きとしては我ながら狙い通りのものになったという気がする。

 なお、余談であるが、同一の課題に取り組んだ現ピストンクラブの桜井氏の作品は、筆者など足許にも及ばない想像を絶するものであった。「その条件つけられても、そう来るか!?」というアグレッシブなもので、一言で言えば、24小節のなかで96段階にわたって和音構成を変動させる、といったものであった。

 話を戻すと、今まで述べてきたように、トロンボーン奏者はほかの金管奏者が使わないA♭の倍音域を使うのである。
 
 ところが、ところがである。このA♭自身は1pos.では低すぎるため3pos.で取るのだが、何故か、

 ●とっても出にくい音

 なのである。

 確かに高めの音であるからツラいのはあるが、その上のAやハイB♭などと比べても出にくい。筆者にとっては、ハイCよりもこのA♭の方が100倍嫌いである。

 どうやら理屈はあるらしく、トロンボーンの管の形状、すなわち、どこでどの位曲がっているか、ということが関係するらしいのであるが、詳しくは知らない。その曲がり方が微妙に違うドイツ管では、3pos.のA♭が出にくいということはないらしい。確かに、それは言えている。
 また、バストランペットは、管長は同一ながら曲がり方がまったく違うが、このA♭(1番で出す)はまったく苦にしない。
(またまた余談だが、トランペットも「曲がりが多い」方が高い音が出しやすい傾向にある。筆者の周りのトランペットの人達もそう言っている。ロングタイプのピッコロなどは、非常に吹きにくいらしい。)

 管の形状が関係するというのは、形が相似形のアルトについても言えるようで、3pos.のD♭(C#)は出しにくい。これは、テナーでのクセが染みついて、3pos.のシ♭は出にくいと思いこんでいることによる弊害なのかも知れないが、筆者は、ベートーベンの第九のトップを吹くときに、アルトで吹くかテナーで吹くか最後まで迷ったことがある。これが「オケや合唱の様子を見てパワーの点でテナーを使うべきか迷っていた」とか「音色の点でアルトの方が指揮者の趣味に合うか判断を保留していた」というのであればカッコいいのだろうが、実は、1カ所アルトだとはずれる可能性がとても高い部分があって、迷っていたのだった。
 スタミナ的にもアルトの方が楽だし、女声合唱のアルト声部と重なるのは、アルトトロンボーンの方が好ましい。何より、練習時も本番もアルトトロンボーンだけだと、持ち運びが軽くていい。
 しかし、筆者は結局テナーを使った(いえ、あの、テナーだと第九で頻繁に出てくるDがアルトよりはずれやすいのだが....)。
 どこがアルトで嫌だったかと言うと、第4楽章のフーガの出だしのC#である(こう書いて分かるのはオケのトロンボーンの人だけだろうなあ)。
 オケのほかの楽器の人用に簡単に説明すると、第九でトロンボーンが出てくる楽章は2楽章と4楽章である。2楽章はトリオでほんの少しだけ出てくる(なくても問題ないくらい)。4楽章も最初延々と休みである。イントロが終わったあと、独唱が出てきて、オケが、やがて合唱が、有名な歓喜の歌を歌い上げている間も、軍隊行進曲のところで太鼓類が活躍している間も、トロンボーンは休んでいる。一通りそれらが終わって、やっとトロンボーンが出てくる。バストロンボーンがアウフタクトで一発ブーンと鳴らしたGに引き続いてバス声部から始まるコラールの部分があるが、ここで初めてトロンボーンが出てくる。やっていることは、合唱の声部と一緒である。そのコラールが終わった後、フーガがあって、怒濤のエンディングへ向かうのであるが、このフーガの出だしのC#が鬼門であった。
 ん? 出だしはDだろ、とおっしゃる方があるかも知れない。そうである。アルト声部が歌い出すフーガの出だしはDである。しかし、1番トロンボーンは、D−D−C#−A〜と続く旋律のC#の部分から吹き出すように楽譜には書いてあるのだ。ここをDから吹いてしまっても構わないという説もあろう。しかし、C#からはいるというのも、なかなか分かるのである。
 このC#がアルトだと結構当たらないのであった。このC#を「当てに行く」という場合にはテナーの方が楽だと思われる。
 このような理由で、筆者はテナーで吹いたのであった。それにしてもエッセイのこのシリーズは、書けば書くほど筆者の奏者としての底の浅さが露呈するものよ.....。

 気を取り直して先を続けよう。このように、3pos.のA♭に相当する音は、何故かとても出しにくい。楽器によって多少違うと思われるが、いわゆる「ツボが狭い」という感じでもある。

 トロンボーン奏者のなかには、ぜんぜんそんなことない、と言い切る者もいるが、多くの奏者は秘かに苦手なのではなかろうか?

 学生のとき、TTCというトロンボーンアンサンブルの団体で、曲を建部知弘氏に依嘱したことがあるが、そのとき氏は「確かトロンボーンはA♭が出しにくいんだよね」とおっしゃって、その音の使用をなるべく避けて書いておられた。正統派の教則本などには出てこない話である気がするが、経験的に認知されているものなのかも知れない。

 A♭が苦手となることによって、Es-durが苦手になる。B-durの次に楽な調ではないか、と思われる向きもあろうが、A♭がはいることで意外と嫌いな調ということになる。一方反対側の属調のF-durはとっても好きな調である。
 また、筆者は、A♭がA♭で書かれるよりは、G#で書かれる場合の方が吹きやすい。これはまだ余人の共感を得たことがないから、筆者だけかも知れない。
 Es-durが苦手と言ったが、例えばモーツァルトの『魔笛』序曲などは、テナーで吹いたらとても神経質になってしまうが、アルトに持ち替えると、とたんに楽々になる。最後の手段である。

 最後の手段と言えば、ある先輩からこのA♭をはずさないための裏技を教わったことがある。必殺技と言っていいかも知れない。このような技を教えてくれるくらいだから、その先輩もA♭は鬼門だったのであろう。
 その技とは、

 ●♭2。

 表記法が分からない。取りあえず、ここでは「♭」とあったら「F管を引く」と思っていただきたい。
 「♭2」は、左手親指でFロータリーを引いて、右手は2pos.にもっていくということである。すなわち、下のHを出すのと同じである。

 確かに、これは効く。相当はずれなくなる。若干音がこもるという欠点はあるが、それに目をつむっても採用したくなる技である。

 トランペットでも鬼門の音があるらしく、ハイCがそれである。ハイCキーなる物があるくらいだから、鬼門なのだろう。一説によると、主抜き差し管を上下逆に差して、ハイCのときにウォーターキーを開けると、ハイCキーの代わりになると聞いたことがある。

 筆者の初代バストランペットも、ハイCが苦手な楽器であった。ワーグナーの『ワルキューレ』の1幕を演ったとき、バストランペットが結構裸でハイCを出すところがあって、筆者はぜんぜん当たらなかったことがある。
1000回さらっても2〜3回しか当たらなかった。もちろん本番もダメであった。
 ちなみにそのとき隣で1番トランペットを吹いていたのは、NABEO代表であった。件のハイCの箇所は、吹くたび苦笑されたものである。

 今のBachのバストランペットは、結構管がグネグネ曲がっているためか、ハイCを苦にすることはなくなった。先日久しぶりで初代を吹いてみたら、ハイCが出るようになった。

●楽器の違いより、奏者の違いの方が、やはり大きいのではなかろうか。


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