連載エッセイ「日々の徒然」

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◎特別編第2弾(2003/6/4)
『トランペット吹き《もどき》から見たトロンボーン吹き』
〜続・トロンボーン吹きから見たトランペット吹き〜

【第9章】 音域再考 〜恐怖のドッペルとは何ぞや?〜

野口 洋隆
 恥ずかしながら、筆者の音域を表すと、次の通りである。

(1)安全確実この範囲内なら大丈夫というレベル: 下=ペダルA 上=F
(2)運が良ければできることがあるというレベル  : 下=ペダルG 上=ハイD♭
(3)もしかしたら出るかも知れないというレベル  : 下=ペダルG 上=ハイF 

 若干詳しく説明しよう。

 筆者がトロンボーンを吹くときは(バストランペットでも一緒だが)、「高い音」の第1の壁がFの上にある。
 つまり、Fまでは何事もなかったように出せるのだが、F#以上は「高い」と意識して出している。
 次の第2の壁はどこかというと、 D♭とDの間であろうか。
 昔はB♭とHの間にあったのであるが、大学時代にちょっと上がった。
 第2の壁より上の音は、筆者の感覚的には裏声を出すような感じで吹いているし、感覚も「とっても高い音」といった意識で、かなりアウト・オブ・コントロールな領域になる。場合によっては、出ない。
 上ではハイFと書いたが、実はハイFもダブルハイB♭も同じ感覚である。出ることもあるが、コントロール外の度合いは変わらないのであった。ソルフェージュ自体が、「すっげー高い音」とか思っているから世話はない。

 壁があるという感覚が万人のものであるかは分からないし、その数や位置は人によって違うと思われるが、一応第1の壁については、文献上に根拠を見つけている。毎度の引用で申し訳ないが、次の通りらしい。

 ●Fより上の音はプロでも絶対確実ということはない by デニス・ウィック

 著書のこの件を読んでほっと胸をなで下ろしたトロンボーン吹きを、筆者は何人か知っている。 

 仮に、壁が2つあることが一般的だとしたら、第2の壁は、理想的にはハイFあたりにあるのが望ましいのではなかろうか。筆者には望むべくもないが、ハイF以上の音なら、どんなに上手なプロ奏者であっても、はずしても仕方ないという一般的理解は得られるような気がする。そう言えば、バウスフィールドも吹き直していた。

 下の音についてであるが、第8章で述べた通り、生まれて最初に出た音がペダルB♭のくせに、下の音が出ない。6pos.でペダルFが出ないことが多い。上でペダルGと書いたのは、過去に本番をやった曲のなかで出てきた最低音がペダルGだったことによる。ハードのせいにするわけなのだが、筆者は小さめのマウスピースを使っていることによるものか(否、アンブシュアの問題が大きかろう)。

 トロンボーンで一番難しい音は何か?

 いろいろな答えがあり得よう。人によっても違うし、同じ人でも日によって違う。
 高い音が出るはずなのに、出ない!といってあせるときもあろうし、今日はなんか下が鳴らないんだよなぁ、ということもあろう。しかし、基本となる中音域については、あまり、ストレスを感じたり調子で左右されることはないのではなかろうか。

 ところが、ある日突然やってきて、何でこんな風になるの?ショック!となる症状がある。

 その現象は、ドッペルもしくはダブルバズと呼ばれるらしい(ウェブのBBSの一発言だけが根拠なので、確信はあまりない)。

 まず、どんな症状か説明する。
 主に、中音域、具体的には真ん中のB♭から下へ1オクターブにかけての音域のなかで発生する場合が多い。
 これが、意図せずにフラッターがかかってしまうというか、ブルブルと割れてしまうというか、音がガルルルになってまっとうに出なくなる症状なのだ。
 
 これに見舞われた奏者は、最初、おっと調子が変だぜ、とか思って、一旦マウスピースから唇を離して、口周りの柔軟運動(要はムニュムニュする)をして、再びマウスピースに口を当て、ppからそうっと音を出してみる。よし、今度は大丈夫だ、と思ってクレッシェンドをかける。すると、またなってしまう、ブルブル、ガルルル。

 ●こうなったら、もうこのドッペルの症状である。

 または、長い音では起きないのに、タンギングを繰り返すと起きるという場合もある。
 
 いずれにせよ、今まで何とも思わなかった中音域で発生するところが、この症状の特徴である。初心者が初めて楽器を持って音を出そうとして、無理やり出てくるような音になってしまうような症状、と言えるかも知れない。
 初心者と違うのは、これより下の低音域のみならず、高音域では何ともないことなのだ。ハイFまで軽く出してしまうような奏者でも、突如この症状に襲われることがあるらしい。
 
 この症状に見舞われた奏者はツラい。人知れず悩むようになることも多い。何故なら、発生するのは中音域で、だいたい限られた範囲(1オクターブにわたることは少なく、音にして数個の場合が多い)でブルブルになるので、トップを吹いていたりすると誤魔化せてしまうことが多いからだ。隣の奏者にバレないで済ますことも、現実に可能なのである。

 ドッペルに見舞われた奏者も、ハイトーンのフレーズはパラパラ吹いていられるのである。辺りに人がいなくなったところで、秘かに中音域を試してみる。....♪ブルブル、ガルルル。

 やっぱり治っていない!

 このように非常にやっかいな症状のドッペルであるが、筆者もこれを経験したことがある。もっとも、当時はドッペルという言葉も知らず(知ったのは、ごく最近のことである)、周囲には、可哀相に質の悪い症状に取り憑かれたものよ、と思われるよりは、単に、下手だね、いっぱい練習しようね、と思われただけであった。

 当時というのは、大学オケにはいって2〜3ヶ月経過した頃である。
 その頃、筆者は真ん中のFからE、E♭、Dの辺りの音がブルブルになってしまう症状に見舞われた。8分音符でタンギングとかいうと、特にこの症状が酷く出た。

 さて、この症状のため、当時大学オケの金管セクション練習で使っていた「リズムブック」なるものの練習が、筆者は非常に嫌いになった。確かに、筆者はリズム感がなく、訓練が必要であるのだが、このリズムブックの音域が、ちょうどドッペルでブルブルの音域とバッティングしているのであった。
 
 あと5度上だったら、ちゃんと練習できるのに....

 筆者は思ったものだが、最下層の1年生であったため、ひたすら鍛錬をしたのであった。

 おかげで、今でもリズムブックの練習が、一番嫌である。ついクセが出てしまうようなリズム・パターンを集めてあるのだが、音域は最も吹きやすい音域に設定した「つもり」なのだろう。筆者には、これがアダとなったわけだ。

 まあ、リズムブックが一番嫌いだったのは、筆者に、それが狙った「つい陥ってしまう間違い」にすぐはまってしまうリズム感の甘さ(というか、訓練の積んでなさ)があったからであろう。現在でも尾を引きずっていると言えよう(開き直ってどうする)。

 ドッペルの原因は、アパチュアが開きすぎてしまう、というようなところにあるらしい。対策としては、その中音域を、思ったよりも「太いイメージ」にし過ぎないで吹く、というようなことだそうだ。

 筆者も、そのうち治った(多分、数ヶ月で)のだが、その後もリズムブックを吹くときだけは、恐怖の記憶で、ついその症状が出そうな気分で吹いていた。

 実は、先般トロンボーンを吹いていたら、10年以上ぶりにこの症状が一瞬出たのであった。

 それで分かったのだが、筆者の場合、長期間吹いていなかった後にまたトロンボーンを吹き始め、しばらく(数ヶ月)吹いたときに、ドッペルが出ることがある、と言えそうである。
 
 学生時代は、深く悩みもしたが、今なら、マウスピースを変えてしまうとか、酒飲んで寝てしまうとか、バストランペットに逃避するとか、そのうち治るだろう、と気楽に対処できるような気がする。

 事実、一瞬だけで、その後問題はなくなったのであった。

 長々書いてきたが、トロンボーンで一番難しい音は何か、という問題に答えるとすると、

 ●それは、中音域

 であると言える。

 普段は、意識しないでも楽々出せるのだが、ひとたびドッペルに襲われたそのときの恐怖と言ったら....
 
 何故恐怖か、というと、分かりやすい対処法がない、ということなのだと思う。
 ハイトーンであれば、出ないときどうするか、と言えば、ブレスの圧力を上げるイメージで無理やり出せることがある。ロートーンは、音を出すだけなら出るのであって、鳴らないのが問題なわけなのだが、バースト寸前まで息を入れる、というイメージの対処法で、表面的には糊塗できる。
 
 ところが、ドッペルは、アンブシュアが変に振動していることが原因と分かっても、力を抜けばいいとか、下顎の張りを整え直せばいいとか、すぐには直せないようなものかも知れない。
 丁寧に、息とアパチュアと出てくる音の様子を確かめながら、調整していく必要があるのだろう。

 まあ、筆者は「そのうち治るだろう」と思って、震えるのも構わずブルブル音を出し続け、本当にそのうち治った口だから、どうやれば治るのか理論的には分からないので、これくらいにさせていただく。


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